2026.02.12
「便所なげぇぞ!やる気ねえなら帰れや!」と怒鳴られて、俺は鳶を辞めた

昨日、『伸び代』という楽曲をリリースした。
『ブルーカラーソウル』と銘打った、そのニュアンスをこのコラムに書いておく。
これは鳶職人が一級建築士を目指すようになった「決定的瞬間」の話だ。
鳶の仕事をメインにしていた最後の1年、俺の体はずっとおかしかった。まだ病名もついていない頃だ。夏に病院で診察を受けたけど「ストレスですね」としか言われなかった。原因不明の腹痛と下痢が続いていた。建設現場を知っている人ならわかるだろう。高層の足場や、ギリギリの工程の中で「トイレに行く」ことの精神的なハードルの高さを。地上まで降り、焦ってフルハーネスを外し、トイレに駆け込む。その数分のロスが現場の空気を凍らせる。それでもアドレナリンのせいか、なんとか作業時間中はトイレに行くのを我慢することができた。
冬になった。毎朝、通勤車のシートの冷えが腹に突き刺さった。温かいお湯を入れたペットボトルを腹に忍ばせて、痛みをだましながら朝早く家を出る。通勤経路のコンビニを見つけては安心し、次のトイレがあるところまで「腹を下さないか?」「朝礼に間に合うか?」の狭間で苦しみながら現場に通った。
ある日、どうしても我慢できずにトイレに行き、作業工区に戻った瞬間、職長から怒鳴りつけられた。
「便所なげぇぞ! やる気ねえなら帰れや!」
鉄パイプで頭をブン殴られたような気がした。やる気?やる気がなかったら、こんな状態で現場になんて来れるかよ。こんなにも歯を食いしばって毎日腹の痛みに耐えているのに、ここでは、それは「サボり」としか映らないのか。その瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。悔しさじゃない、ある種の「冷徹な諦め」と「決意」だった。
(ああ、ここはもう、俺が戦える場所じゃない)
この体はもう、この現場の暗黙のルールに適応できない。このまま、この場所で戦い続けていたら、若いやつにバカにされ「使えねえ親父」として終わっていくだけだと理解した。なら、立場を、ルールを変えるしかない。次の日から、その現場には行かなかった。
皮肉なことに、その現場に行かず、病院で精密検査を受けた結果、俺は「潰瘍性大腸炎(指定難病)」だと判明した。甘えでもなんでもなく、あの腹痛は悲鳴だったのだ。だけど、病気になったからといって誰かが面倒を見てくれるわけじゃない。
俺は鳶を辞めて、現場監督になった。
学校で建築を学んだわけじゃなかったが、まず二級建築士になれば、一級建築士になれることを知った。本で勉強してもわからないことは、現場で実物を見て学んだ。「必ず死ぬと書いて必死に」、好きなラッパーの言葉が背中を押した。俺はミュージシャンとしても鳶としても一度死んだが、家族のためにお金を稼がなくちゃいけない。
2020年、春に兄貴が亡くなって、冬になった頃、俺は一級建築士試験に合格した。
『ブルーカラーソウル』はあの日、鉄パイプみたいな言葉でブン殴られて死んだ鳶の魂だ。
現場で理不尽に怒鳴られているやつの気持ち。
病気や家庭の事情で、思うように体が動かないやつの焦り。
工期を守るために、胃をキリキリさせている職人の痛み。
俺が現場監督として、マウスクリックひとつで工程表を縮める時。
職人の休憩や睡眠時間、内臓がキュッと縮まっているかもしれないということを決して忘れないために歌うんだ。
あの職長には後に別の現場で、現場監督として会った時にお礼を伝えた。
「あの時、怒られたおかげで病気を早期発見できました」と。彼もまた、工期を守るために必死だった「できる職人」だと知っているから。幸い、今はリアルダ4錠で症状をコントロールできている。だから医療費助成の申請はしていない。
もし今、これを読んでいるあなたが、誰かに「使えない」と罵倒されていたとしても。 病気やコンプレックスで夢を諦めそうになっていたとしても、そこで諦めるな。戦う場所を変えるための合図かもしれない。
All Eyes on Me.
俺を見ろ。「便所なげぇぞ」と言われた男が、それすらもネタにしてやがる。
本気で生きてみれば、便所の長さすらも『伸び代』に思えてこないか。
歌代隼人


