2026.02.19

クリスマスの舌打ちと最後の会話、スローモーションの雪

2020年12月25日。

現場監督の仕事が一時的に途切れ、俺は鳶の手伝いとして現場に出ていた。
空からは雪が降っていた。

その現場の親方は、時に命綱(親綱)さえ張らせてくれない厳しい人だった。

あれは十数年前の足場の上。
滑る足元と凍てつく寒さ。
一歩間違えれば終わりという極限の緊張感の中で、250mm幅の板の上を歩いた時、空から降ってくる雪がなぜかスローモーションに見えたのを、今でも鮮明に覚えている。

物語を12月25日に戻す。
その日の仕事が終わった後の喫煙所だ。

俺は親方に、一級建築士の試験に合格したことを伝えた。
中学生の頃から足場を組み続け、家業の鳶を継いだ生粋の職人。
そんな親方は、俺の報告を聞くと、冗談めかしてわざとらしく「チッ」と舌打ちをしてみせた。
「お前はもうこっち側の人間じゃねえんだから、とっとと上に行ってデカい顔してこい」
言葉にはならなかったが、その不器用な舌打ちは、親方なりの照れ隠しであり、最大の祝福だったのだと思う。
その日が手伝いの最終日で、俺はお世話になったお礼にサッポロクラシックの6缶パックを渡した。

親方は言った。
「ウタからビールもらうなんてな」
それが、親方と交わした最後の会話になった。

半年後。
親方は現場で足場から墜落して亡くなった。49歳だった。

お通夜と告別式に参列し、火葬場で親方の骨を拾った。
中学生から何十年も高所を歩き続け、誰よりも重力を理解し、足場を知り尽くしていたはずの男の骨を箸で拾い上げながら、俺はどうしようもない現実と向き合っていた。
どれだけ腕が良くても、どれだけ場数を踏んでいても、人間はたった一度のミスと重力には絶対に勝てない。
それが、建設現場という場所の残酷な絶対法則だ。

今、俺は自分の現場で、あるいはメディアに掲載された写真に対してさえ、安全帯の使用についてうるさく指摘する。

煙たがられることもあるだろうし、うざい監督だと思われるかもしれない。
だが、コンプライアンスだの法律だのといった、安全圏からの綺麗事を言いたいわけじゃない。
厳しくも仕事のリアルを教えてくれたあの親方が、49年という生涯の最後に、自らの死とひきかえに世に伝えた強烈なメッセージを、「安全帯をちゃんとかけろ」というたった一つの意味に俺の力で着地させたいのだ。
そうしなければ、骨になった親方が浮かばれない。

これは俺の、個人的で、勝手で、絶対に譲れない弔いだ。
だから明日も、俺は朝礼で言う。
頼むから、安全帯をかけろ。
生きて家に帰ってくれ。

俺はもう、骨を拾うのは嫌なんだ。