2026.03.08

キング・ムーの足場が解体された夜。1990年の現場監督のガッツポーズ

KING XMHU キング・ムー新築工事

時は1990年末、札幌・すすきの南7条。

1991年3月の開店に向け、工事用の足場という巨大なカーテンが解体された夜のことだ。

工事施工者ですら全景を見たことがなかった、異形の建築の全貌がライトアップされた年末の夜。南7条の通りは騒然となり、大渋滞が起きた。その光景を見上げ、狂気のビジュアルコンセプトデザインを描いた張本人であるジム・リマ(ジェームズ・リマ)氏は、ポツリと呟いた。

「ブラボー」

ハリウッドの特撮や都市デザインを手がける世界トップクラスのクリエイターの、その言葉を聞いてキング・ムー新築工事の現場所長は、静かにガッツポーズをした。ジム・リマ氏のドローイングから起こした模型をコンピューターで解析し、雪国の現場でトラスウォール工法を用いて寸分の狂いもなく現実に産み落とし、デザイナー本人に承認された瞬間。それはまさに誇り高きブルーカラーソウルの極致だった。

その現場所長こそが、歌代隼人の建築の師匠だ。

この記事のトップに載せた、擦り切れた「チザキ(株式会社地崎工業)」のテレフォンカードと、『商店建築』と『商空間&インテリア kukan』の1991年5月号は、師匠から直接譲り受けた形見だ。カードの無数の傷には、あの時代に現場で流された汗と執念が確かに刻み込まれている。時代の波に飲まれ、あの異形の建築はすでに解体され、札幌の景色から姿を消した。師匠も、もう旅立った。しかし、俺の財布にはずっとこのカードが入っている。あの南7条の現場に満ちていたブルーカラーソウルは、一級とび技能士として、そして現場監督として生きる俺の中に、今も確実に受け継がれている。

ここに師匠への敬意と、決して消えることのない「建築の魂」について、現場の最前線から書き残しておく。